2013年5月5日日曜日

宮古から内陸へ、そして再び三陸へ。

春まだ遠い3月、三陸の旅。

八戸からJR八戸線、久慈駅で乗り継いで三陸鉄道北リアス線の終点、宮古駅へ到着。

せっかくここまで来たのだから、街を見て回りたいところ。

しかし、ここから先のJR山田線は釜石方向が災害不通のまま。盛岡方面は3時間に一本、一日に4本という超閑散ダイヤ。

街歩きを諦め、先に進みます。

釜石方面は鉄路やバスでの移動が困難なので盛岡方面へ。

宮古駅へ到着

今回は乗り換えだけ

盛岡へ向けてGO
宮古駅から盛岡駅までは約2時間、峠を越えて山間の景色にもそろそろ飽きてきた頃に到着。

盛岡から東北本線に乗り継ぎ、更に南へ。

そろそろ今日の宿を決めなければ。
宿泊予約サイトで検索して、今晩は北上駅前に宿を取ることに。

駅前のビジネス旅館ですが、当日割引でお得な料金。
あてがわれた部屋はなんと大広間。広すぎ・・・

シャワーをさっと浴びて夜の街を散策。
まずは喉の渇きを癒しますよ。
大広間にぽつねんと

ハイボールで喉の渇きを癒します

あっさり
翌朝は再び東北本線に乗って
宮城県北部の分岐点、小牛田駅を目指します。
北上駅から南下開始

一ノ関で乗り継ぎ

一ノ関駅での乗り継ぎの間に、立ち食いそばで朝飯にしようかと思ったら
売店でこんな駅弁を見つけてしまったので、朝から豪華に。
かにめし!

どどーん

うまい
小牛田駅に到着。

東北本線のほか、山形に向かう陸羽東線、太平洋側へ向かう気仙沼線、石巻線が乗り入れて、交通の要衝になっています。

陸羽東線を走るSLが停まっているのも見られたり。

きょうは石巻へと向かいます。
懐かしの茶色い客車が

その先には

蒸気機関車!!

小牛田から石巻駅へ到着

石巻線のディーゼルカーに揺られて、昼前には石巻駅へ到着。
再び海沿いへ戻ってきました。

三陸縦貫その3 田野畑から宮古へ。

春まだ遠い3月、三陸の旅。
普代村、太田名部漁港で磯ラーメンを堪能して
三陸鉄道の汽車旅を続けます。

普代駅から田野畑駅まで一駅だけ乗車して下車、ここから先は未だ災害復旧工事中。
代行バスで小本駅へ向かいます。

本来の線路沿いには道が無い為、内陸部の高台を経由。
ここに立派な高規格バイパス道路があるのに驚いた。車は殆ど走ってなかったけれど。

田野畑からは代行バスで

商店街もまだ仮設で

応援フラッグ

再開発の構想図

駅の通路では写真展

田野畑方面は未だ行き止まり

手をつなごう

キャラクター大集合

海外からも参加

路線が繋がるまでは使用中止

田老の町

がれきこそ無くなったけど

硬券、いただいてきました
小本駅から三陸鉄道北リアス線に再び乗車。宮古駅へ南下を続けます。

2013年5月4日土曜日

三陸縦貫その2 久慈から田野畑へ。

春まだ遠い3月、三陸の旅。

久慈から第3セクターの三陸鉄道に乗って、更に南下していきます。


JRとは隣の駅舎

北限の海女さん

あまちゃん

で、NHKも取材に来てたり
平成25年春の、朝の連続テレビ小説はここ、久慈が舞台らしく。

「あまちゃん」のポスターが街のあちらこちらに貼られていました。

その繋がりかは分かりませんがNHKのクルーが駅舎で取材中。

久慈駅名物と言えば「うに弁当」。通常はうに漁が本格化する4月以降売られていると聞いていたのですが、なんと蕎麦屋さん兼弁当屋さんに実物が並んでいました!

もしかしてテレビ取材のおかげかな。
おやつに天玉そば

幻のうに弁当発見!

迷わず買います

うに、どどーん
震災時、三陸鉄道北リアス線は被災して不通となりました。

その後復旧工事が進んで不通区間が短くなっていましたが、25年3月現在は田野畑から小本が不通区間となっています。
運賃表は繋がってるけど

野田村の辺り

大堤防も決壊したまま

黙々とがれきの処理が続く

穏やかな海を眺めつつ

普代駅で途中下車
普代駅で途中下車して太田名部漁港まで歩きます。
太田名部港の食堂で

まずはビールで

刺盛りを肴に

どどーん

ここも仮設での再開

漁港の奥に大堤防

普代水門と祈念碑

水門を超えた津波が

駅舎の展示パネル、2年を過ぎてなお

普代村を襲った浸水区域

三陸鉄道の被災が分かる

車内補充券のようなきっぷ

普代から再び北リアス線に乗ります

連結されていた貸切お座敷車をパチリ

田野畑から先は赤錆びた線路

鉄路は行き止まり。

代行バスに乗り換えて小本駅へ向かいます。